陽子線による乳がん治療の臨床試験

はじめに
 福井県立病院陽子線がん治療センター(センター長 山本和高(2014年当時))において、I期の低リスク乳がん患者を対象とした臨床試験が、当院倫理委員会において2014年10月21日に承認され、試験を開始することとなりました。この試験では、乳がん治療に関して、陽子線による放射線治療が新たな選択肢としてなるのか、その可能性についての検討を行います。

背景・目的

 日本人女性の乳がんになる割合は1975年から増加傾向にあり、今では、乳がんは、日本人女性が最もかかり易いがんの一つになっています。このなかで、早期の乳がん(臨床病期0-Ⅱ期)に対する一般的治療方法は、手術による原発腫瘍の摘出の後に、乳房全体に対してX線の放射線治療を施す乳房温存療法です。この治療方法と全身薬物療法を必要に応じて行う治療は、乳がん患者の約60%に対して行われていることが日本乳癌学会によって報告されており、早期乳がんの標準治療方法として認識されています。

  一方で、高年齢の方や心筋梗塞または肺疾患などの合併症をお持ちになられる方について、全身麻酔による手術療法が困難な患者さんや、美容的側面を気にして手術を拒否する患者さんも少なからずおられます。このような患者さんについて、非切除治療の開拓が熱望されているのも事実です。この非切除治療として凍結療法、集束超音波治療、ラジオ波熱凝固療法、などの臨床応用がされています。

 また、放射線治療も手術療法が困難な患者さんに対する乳がんの非切除治療として期待されています。日本国内においては、高知医科大学において放射線増感剤を併用したX線照射による放射線治療が行われており、現在のところ良好な治療成績であることが報告されています。また、世界的には、標準治療である乳房温存療法の手術後の放射線治療照射を乳房全体に行うのではなく、腫瘍の周囲のみに行う部分照射による臨床研究がなされています。この研究によって、低リスクの乳がんⅠ期(下表適応条件表)については、部分的な照射でも、乳房全体の照射と同等の再発防止効果があることが示唆されるようになってきました。

  放射線の一種である陽子線や重粒子線を用いた粒子線の放射線治療は、従来のX線による治療と比較して、病巣に近接する正常組織を守りながらがん病巣部をより強く殺すことができます。現在この治療は、前立線がんや、一部の肺がん・肝臓がん・頭頸部がんについて、手術に匹敵する治療効果があると報告され、これらのがんに対する非切除治療方法として確立されてきました。今後も、粒子線の放射線治療は、他部位におけるがんの非切除治療としての拡大が期待されています。

 この状況のなか、乳がんの非切除治療について、昨年(2012年5月倫理委員会承認)より千葉県の放射線医学総合研究所において、炭素線を用いた「早期乳がんに対する炭素イオン線による根治照射の第Ⅰ/Ⅱ相臨床試験」が開始されました。この試験では、I期の低リスク乳がん治療について、障害の起こらない安全で腫瘍を根治できる炭素線照射線量を明らかにすることを目的としています。

 一方で、陽子線治療については炭素線治療よりも長い歴史を持つにも関わらず、乳がんの非切除治療のための臨床応用は過去に行われていませんでした。陽子線の乳がんへの臨床応用は、手術による腫瘍摘出後の部分照射治療に限られており、現在、米国において臨床研究が行われています。

  この状況のなか、当院の陽子線がん治療センターでは、本県の推進する陽子線がん治療高度化研究(原子力発電施設立地地域共生交付金事業管轄)の一巻として、2011年度から陽子線の乳がん治療の研究をすすめてまいりました。この研究では、ほぼ脂肪組織で構成される乳房内部の腫瘍に対して確実に陽子線を照射するための乳房の固定法および固定精度の検証や、治療時に陽子線の照射位置へ乳がん腫瘍を合わせこむための位置決めの方法、また、陽子線の照射方法について技術検討を重ねてまいりました。また、陽子線による乳がん治療の臨床試験については、当院や大学病院を含む他施設の乳がん外科医や放射線治療医の協力を得て、臨床試験適応条件や試験方法について吟味し、安全な試験を遂行するための研究体制を整えてきました。

 以上の準備期間を経て、2014年10月に当院の倫理委員会において、「陽子線による乳がん治療:第I/II相試験」として臨床試験を申請し、陽子線がん治療センターにおいて試験を開始することとなりました。試験は、炭素線による臨床試験方法に準じて、60歳以上の患者さんでI期の低リスク乳がんを対象とし、段階的に照射線量を増加しながら、副作用や治療効果を観察し、陽子線治療を安全に行うための照射線量を決定することを目的とします。この臨床試験を経て、手術療法が困難な乳がんの患者さんに対して安全な治療を提供することを目標とします。

臨床試験の内容

 この臨床試験では、土曜日・日曜日を除く二週間で10回の陽子線照射を行う治療を実施します。また、この試験は、第Ⅰ相試験と第Ⅱ相試験によって構成されます。

 第Ⅰ相試験では、1回の照射線量について6.0 GyE、6.6 GyE、7.2 GyEの三段階の線量について順番に試験を行い、治療後の皮膚炎や肺炎など副作用を6ヵ月間にわたって観察します。また、同時に乳がん腫瘍の治療効果について判定し、治療に適正と考えられる推奨線量を決定します。各段階では、最大6名の患者さんについて治療を行い副作用の発現状況によって、次段階の治療へ進むか否かを判定します。

 第Ⅱ相試験では、第Ⅰ相試験で決定した推奨線量による治療を20名以上(第Ⅰ相試験の推奨線量で行った患者さんを含む。)の患者さんについて行い、治療終了後から5年間にわたる経過観察を行って、がんの制御率や晩期の副作用について判定し、当該治療方法の安全性および有効性を評価します。

 

適応条件

 この臨床試験の対象となる患者さんは、50歳以上の低リスクのⅠ期乳がんと診断された女性の方です。臨床試験の適応不適応条件の詳細は下表に示すとおりです。試験に参加される患者さんは、下表に示す「臨床試験参加の適応条件」をすべて満たすこと、また、「臨床試験に参加することができない条件」に一つも当てはまらないことが求められます。臨床試験への適応不適応条件に関しては、各種検査を実施し、その結果に基づいて、当院の乳腺外科医師および陽子線がん治療センター担当医師が判断いたします。

臨床試験に関わる治療費について

 第Ⅰ相試験に参加される患者様からは治療費をいただきません。第Ⅱ相試験に参加される場合については、通常の陽子線がん治療に必要な治療費の支払いが必要になります。なお、陽子線治療以外の一般の保険治療・診療に関わる費用等に関しては、支払が必要になります。

 

詳しくは当センター相談専用ダイヤルにお問い合わせください

相談専用ダイヤル  0776-57-2981